Angel baby Cupid!〜華麗なる円舞曲〜


 会場中の注目が集まる。ため息が漏れ、熱い視線が送られる。
 それは一種の快感だった。ヴェインは、そっとガブラスに寄り添っていたが、なんとかヴェインを誘い出したいという男性諸氏たちの様子に、満足していた。
(………まぁ、完璧に化けたが、だれにもわからんものだな)
「ヴェーネス殿」
 ガブラスの声が甘く呼ぶ。
「はい?」
「お飲物など如何ですか? 軽いカクテルがあります」
 給仕が運んできた飲み物を見やってから、ヴェインは「選んでくださいますか?」とガブラスに頼んだ。
 ガブラスは躊躇いながら、美しい黄金色の酒を手渡した。甘い、ワイン。一口含んで、「おいしゅうございます」と微笑むと、ガブラスに一心に嫉妬のまなざしが送られる。
「如何致しますか? もしよろしければ、一曲、おつきあいを………」
 ガブラスの必死なセリフにヴェインは(ほぅ)と思った。この男がまともにダンスを踊れるとは思いがたい。
 ヴェインの方は、ラーサーに指導してやったこともあるから、女性パートでも問題なく十分競技会に出られる腕前だ。
「喜んで」
 ガブラスは喜色満面でヴェインの手を引いてフロアに出る。楽団の奏でる緩やかな円舞曲。ヴェインが思っていたよりもずっとガブラスは上手く踊った。
「お上手ですのね」
 そっと囁くと、ガブラスが耳まで赤くなったのが解った。
「ジャッジたるもの、踊りくらい出来ないでどうする………と、同僚に教えて頂きました」
 ふうん、とヴェインは思った。意外に、ガブラスも全うな社会生活が送れているな、と。
(兄への復讐だとか、私への密偵だとか、そう言う事に情熱を傾けなければ、まともに幸福な人生が送れそうだがな)
 ヴェインは思ったが、勿論口には出さない。
「ヴェーネス殿も、お上手です………私のような無骨者が相手で申し訳ない………ヴェーネス殿、よろしければ……」
 このあと、私の部屋に……と誘おうとしたところで、
「卿の、そのような笑顔は始めてみました。ジャッジ・ガブラス」
 と無粋な声が掛かった。ラーサー・ソリドール。彼は余興のつもりか、頭に猫耳、お尻にしっぽを付けていて、一部の男性ジャッジから熱い視線を集めていた。
「これは………ラーサー殿……」
「素敵な女性ですね。卿の恋人ですか?」
 屈託ない笑顔でズバズバ聞いてくるラーサーに、ガブラスはしどろもどろだった。
「えー、いや、そうではありませんで………いや、もし、よろしければ、彼女と……そうなれれば……いや、えーと……」
 しかし、ラーサーはアッサリガブラスを無視して、ヴェインの方へ向いてそっと手を取った。その手に口づけを落として、
「私と、一曲お願いできますか?」と聞いた。
 手慣れた簒奪にガブラスは歯がみした。周りのジャッジ達からは『ざまあみろ』という視線が惜しげなく送られ、ガブラスは自分には味方など居ないことを思い知り、ソソクサとフロア中央を離れた。
 ヴェインは淡く微笑むと、ラーサーと共に踊り出した。流石に、ガブラスよりもラーサーの方が踊りやすいらしく、先ほどとは観客反応が違う。それに、ガブラスは敗北感を覚えつつ、仕方がない、とすごすご諦めた。
「上手くなったな、ラーサー」
 不意に声を掛けられて、ラーサーは驚いて目の前の女性を見た。
「まっ、まさかっ???」
「………お前は『余興』と言っただろう? これは、私の余興だ。ふふ、こういった姿になるのも、なかなか楽しいものだな」
 いつもながらの兄の様子に、ラーサーは踊りながら、深々とため息を吐いた。
「――――ジャッジ達に、同情します。まさか、美しい女性が現れたとおもったら、兄上だったなんて………」
「余興には丁度良い」
「兄上。今、正体を現すのはお止め下さい。………ガブラスが、ショックで死にます」
「なぜ?」
「完全に、兄上に一目惚れですよ」
 まさか、とヴェインは笑ったが、ラーサーは至極真剣な顔で言った。
「ガブラスが、『あなた』を部屋にでも誘い込もうとしていたので、あのように強引に話に入らせて頂きました。そうなったら、一体何が起こるか………」
「何もおこらんだろう」
「兄上は、意外に、そっちの方は、アレですよね」
 ぶつぶつと呟くラーサーに疑問を覚えながら、ヴェインはラーサーと別れて、フロアから離れた。
 男達は、ヴェインに声を掛けたいようだが、掛けられないというもどかしい様子でヴェインを見ていた。
 給仕の者が、ここぞとばかりに近づいて、軽いカクテルを勧める。フルーティな味のカクテルで、ヴェインは「ありがとう」と微笑んだ。そうすると、給仕の者が、顔を赤くして、ヴェインに見とれる。コレが楽しくて、ヴェインはあちこちに笑顔を振りまくのが快感になっていた。
「………ふふ、ヴェーネス殿。ご機嫌麗しゅう」
 ジャッジ・ドレイスが近づいてきたので、ヴェインはチラリとそちらに視線を流した。
 ジャッジ・ドレイスのキツイ感じの美貌と、『ヴェーネス』の妖艶な美貌。二人のタイプの異なる美の共演に、一同からため息が漏れた。
「テラスで少し話をしよう………ヴェーネス殿」
「ええ、ドレイス」
 ふふ、とヴェインも微笑み、二人はテラスに向かった。聞き耳を立てたかったが、テラスの扉は閉ざされてしまった。
「流石、ヴェイン殿、恐れ入った」
 単刀直入に、ドレイスは切り出した。ヴェインも、ふふ、と笑った。
「流石に、あれだけでは見苦しいことになったと思うのでね………なので、いろいろ付けてみた」
「流石に、お似合いだ。………感服いたした――――ガブラスの装いにも感心したものだが、あれも、ヴェイン殿ですね」
「おや、解ったか」
「解ります………アレは、あのようなまともな格好が出来るほど、気の利いた男ではない――――がしかし、ヴェイン殿の色香に惑わされる腑抜けとも思わなかった」
「惑わす……?」
「ああ、完全に、ヴェイン殿に熱を上げてしまったようだ。………ふふ、美女は大変だ、『ヴェーネス殿』」
 ドレイスの言葉にヴェインは眉をひそめた。
「私などに熱を上げずとも、そなたが居るだろう」
「――――あの鈍い男が、何か進展させてくれるはずもない。………何を考えているのやら、さっぱりわからん。……これだから、男というものは」
 きり、とドレイスが唇を噛んだ。ヴェインには、ガブラスの望みが解る。
 けれど、それは、望んではならない望み。兄を――――殺す。復讐のために。かつて、復讐ではないものの、兄を手に掛けたヴェインには良くわかる。どんな理由が在ろうとも、するべきではないと。
 だからこそ、ガブラスには苛々する。
 自分と同じ修羅の道を―――歩ませたくはないと思う一方、同じ道に落ちればいいと身勝手を考える。
「鈍い男には、ストレートに攻めるほか在るまい」
「む」
「―――しかし、ドレス姿も美しい卿を放っておくとは、やはり、ガブラスは馬鹿な男だな」
 褒められれば、素直にドレイスも嬉しくはなる。たとえ、それが、余り快く思わない、ヴェイン・ソリドールだとしても。
「まぁ、予想とは異なったが、余興は十分楽しませて頂きました………しかし、ヴェイン殿に懸想する男のなんと多い事よ! ………ガブラスに、ギース殿、ザルガバース殿も『ヴェーネス殿』に夢中のようだ」
「まさか。私は男だ」
「一目見ただけでは気づきませんよ………さて、わたくしも、フロアに出て、ガブラスと一曲踊ってやるとしよう」
「ああ、それならば、私は先に戻ったと伝えてくれ」
 ヴェインの言葉に、ドレイスは「なぜですか?」と不思議そうな顔をした。
「流石に、居心地が悪いのだ………余興なら済んだだろう?」
「それで済めばいいが」
 ぽつり、と呟くドレイスに、ヴェインは頭の中を疑問符でいっぱいにしながら、「頼んだ」と言い残し、鮮やかにテラスを越えて会場をあとにしてしまった。
 ラーサーにはお披露目した。
 ドレイスにも会ったし、ガブラスはからかってみた。それでヴェインは十分だった。


 …………ヴェインは。


 そして事態はヴェインが想像もしなかった方向へと発展していく。



Angel baby Cupid!〜華麗なる円舞曲〜・end



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女装兄上第4弾。これで、大体、1/3ですね〜。
兄上の受難は、まだまだ続きます。

2009.04.12 shino