Angel baby Cupid!〜鬱憂の美女〜



 ジャッジ・ドレイスは、苛立っていた。
 気に入りの深紅のドレスに身を包んでいても、気分が乗らない。
(パーティだと言ってるのに、あのバカめ)
 内心口汚くののしって、カクテルを一気に煽った。本当だったら、ジャッジ・ガブラスにエスコートして欲しかったのだ。
(乙女心も解らないバカなんだ、あいつは)
 しかし、流石にエスコートなしにパーティ参加もどうだろうと思っていたところに、多分に気を利かせたジャッジ・ザルガバースが声を掛けてきた。
 芝居がかった口調で、
『姫君のエスコートをお任せ願えませんか?』
 と気を利かせて言ってきたのは解ったが、流石に、嫌な気分ではなかったので、ドレイスはその誘いを受けた。
「………あのバカ、来ないつもりか」
 小さなつぶやきに、ザルガバースが苦笑する。
「そつなく、ガブラスがこんなパーティに来るわけが無かろう」
「まあ、それもそうだが………」
 第一、自分を誘いもしないのだ。ドレイスは憤懣やるかたない気分になったが、あの、ガブラスに気の利いた真似を期待する方が間違っていたのだ。そうだそうだ、と納得した―――――させた。
「全く、鎧姿でも良いから、来ればよいのにな………、卿のドレス姿はとても美しい」
「世辞は良い」
「ドレイス。君に世辞など!!」
 大仰に言うザルガバースの思いやりに、ドレイスはつい、ふふ、と笑った。
「気を遣わせて済まない」
「……気にするな……、私も、卿と過ごすことが出来て、幸せだ」
 はにかんだような表情になったドレイスに、ザルガバースの口元もほころぶ。いつもはキツイまなざしをする厳しい女性だけに、こうして柔らかな表情が乗った時は格別だ。
 そして、ザルガバースは、この女性を、とても気に入っていた。
「しかし、残念だな。ヴェイン殿は、逃亡したらしい」
「………ビュエルバ出張か。一体、なんのことやら」
「噂では、オンドール候と会談とのことだったが………まあ、パーティを辞退したかったのだろう」
 ドレイスは、とても残念な気分になった。用意した漆黒のドレス。ドレイスの馴染みの店の店主に特急で仕立てて貰った特注品だった。
 アレをヴェインが身に纏えば、さぞかし無様なことになっただろうに。
 と、不意に扉が開いた。パーティに遅れてきた不作法モノが居たらしく、必然的に注目が集まる。階段上の扉には人影が見え、ドレイスはドキリとした。
 白い盛装に身を包んだガブラスは、その衣装の仕立ても趣味も良く、いつも以上に、端整な顔立ちを引き立たせていた。
(アレはガブラス殿か?)
 ざわざわと会場がざわつく。そして、彼に手を引かれて会場入りした女性の姿に、楽団さえ、演奏の手を止めた。
 言葉すら失うほどの、美女だった。
 緩やかな黒漆の髪。漆黒のドレス。そしてましろき肌。濡れたように輝く赤い唇。
 匂い立つような美女とはこの方のことを言うのだ、と誰もが思った。
「い、いや……あれほどの美女を、なぜ、ガブラス殿が……?」
 呟くザルガバースの言葉に、ドレイスの手の中で、軽い破壊音がした。ガラスのグラスが砕け散ったのだ。それを見ながら、ザルガバースはぞっとした。
(私のエスコートもせず、あの女性のエスコートだとっ!!!?)
 ドレイスの目から見ても良くわかる。あの女性の所作は完璧に、上流階級のそれだ。一応、身分の差は無いとされる帝国だったが、それでも、上流階級というのは確実に存在する。
 ドレイスやギースなどはその手合いだったし、ザルガバースもそれに程近い。
 近くに給仕として控えていた初老の女官は、「まぁ」と呟いた。
「………そなた、あの女性を知って居るのか?」
 ドレイスが小さく聞くと、女官は「いいえ」と応えたが、「けれど、とてもお珍しゅうございます」と続けた。
「珍しい??」
 何のことだか解らずに反芻すると、女官は、
「あの貴婦人の所作は、ソリドール家の作法です。………微細な所作や足の運び方まで、完璧にこなされる貴婦人など、お亡くなり遊ばされた皇后様以降いらっしゃいませんでしたので……」
「ふむ………では、彼女は、ソリドール家の縁の者か」
 それも妙な話だな、とドレイスは思った。現時点で、ソリドール家の血を引く者は、ヴェインとラーサーのみ。
 ……と、ドレイスは妙なことに気が付いた。
(あのドレスは………)
 確かに、ヴェインに送ったものだ。夜の闇を思わせるドレス。胸元が大きく開くデザインだったが、そこに薔薇の花の飾りをあしらって、ボリュームを出したらしい。
(なるほど、アレならば、胸が気にもならん)
 緩く波打つ髪は、地毛を利用して、さらに付毛を足して、それが目立たないように薔薇と真珠であしらったようだ。
「ふふ」
 満足そうに笑うドレイスに、ザルガバースは驚いた。
「ド、ドレイスっ?? ガブラス殿が、………あの女性のエスコートをして、平気なのか?」
「ふふ………まぁ、妬けるは妬けるが………あの女性は、私も良く知っている方ゆえ、それほど気にもならん。そもそも、あの方は、ガブラスと絶対に「どうこう」なるということはない」
 くすくす、と笑いながら、ドレイスはカクテルを受け取り、口にした。
「ドレイス、彼女を知っているのか?」
「まぁな。――――しかし、流石だ。私も感服した。ふふ、完璧主義にもほどがある。ふふ………」
 楽しそうに笑うドレイスが、ザルガバースは不審でたまらなくなった。
 ガブラスは、完全にのぼせ上がった顔で、『彼女』のエスコートをしている。
「まぁ、ガブラスめ、あのように鼻の下を伸ばしきって………ふふ」
 楽しくてたまらないと言った風情のドレイスに、ザルガバースはなにか、嫌な予感がした。
 ザルガバースの予感は、そして、思わぬ形で的中することになる。



Angel baby Cupid!〜鬱憂の美女〜・end





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ドレイスさんは、素手でワイングラスくらい割りそうです。ガブラス氏は絶対に尻に敷かれていたモノと推察します(笑)
というわけで、女装やる気満々な(暫定)ヴェーネス嬢です(笑)
余興というのは、『ツッコミどころ』を残してこそのモノだと思いますので、本気でやられるとしらける気もするなぁ。
でも! エイプリルフールは別です!!!
アルケイディアでは、今日(4/1)は『ヴェイン・ソリドール閣下、ご婚約』とか言うと良いと思う。
相手はラーサーで良し。ヴェインはキモいから、そのくらいのお茶目をやって、たまにラーサーにしこたま怒られると良いと思う。(笑)

2009.04.01 shino