Angel baby Cupid!〜なぞめく美女〜



 ジャッジ・ガブラスは、着慣れない盛装を鏡でしげしげと眺めつつ、照れくさい気分で居た。
 平素、ガブラスは、ある人物の顔を思い浮かべるため鏡の前には殆ど立つことはない。が、今日は違った。あまり服装にこだわる質ではなかったモノの、こうして上等な盛装に身を包んでいると、なかなか、気分はいいものだ。しかも、この盛装はヴェインからの贈り物でジャッジ・ガブラスは金を出していない。
 男性の服を選ぶのも、女性の服を選ぶのも、まるで躊躇のない男――――それは、見立てが正しいだけではなく、男としての絶対的な自信があるということで、年下の男に敗北感を感じずには居られない。が、とりあえず、ガブラスはこういった華やかな服を買うことも、女性に何かを送ることもないと高をくくっているので、あまり負けたと思っても脱力感はない。
 ふいに時計を見やって、ガブラスは焦った。
「しまった! お約束の時間が迫っている!」
 ガブラスはもう一度鏡で全身をチェックしてから、ソソクサと部屋を出た。


 ヴェインは、残念なことに急なビュエルバ出張になってしまったということで、パーティには不参加。
 女性のエスコートだけは、やはりガブラスに任せて、出掛けてしまった。
 女性は、ヴェインの部屋に待たせているという。部屋に待たせるというのも、なかなか、ヴェインも隅に置けないなとはガブラスも思った。
 先日一緒に街に出た時に購入した、様々なアクセサリーなどを身に纏うに相応しい女性………それには、ガブラスも興味があった。
(ヴェイン殿、面食いっぽさそうだし)
 それでも、浮いた話の一つ彼の身辺から漂ってこないのは、たいした情報統制能力だ。
 今日のパーティで、その彼女の『お披露目』なのだとしたら、エスコート役のガブラスは、やはりヴェインのご不興を買うわけには行かない。
「ヴェイン殿、失礼する」
 堅苦しい挨拶をしてヴェインの部屋の扉を開くと、華やかな甘い薔薇の香りが聞こえてきたような気がした。
 部屋は、執務室を兼ねているから、入るとまずは執務室になる。そこには、一応、来客用の卓と椅子はあるモノの、女性の姿はなかった。
(ご私室の方だろうか……)
 流石のガブラスも、ヴェインの私室に立ち入ったことはない。勝手な真似をして大丈夫だろうかとも思ったが、致し方ない。それにしても、私室で女性を待たせるのだから、やはり、ヴェインもやるときはやるもんなんだとガブラスは感心した。
 ヴェイン・ソリドールは決して、清廉潔白な男ではないが、あくまでも、それは実体のこと。表向き、彼に関する噂は、実にクリーンだ。
 血まみれのあの手でさえ、市井の噂話では、清らかな手に変わる。
「ジャッジ・ガブラスです、失礼する」
 声を掛けてから、私室の方へと続く扉を開いた。甘く、酩酊しそうな、薔薇の香り………。
 ラーサーや、ごく親しい相手だけにしか勧めない、彼好みの簡素な椅子に、一人の女性が座っていた。
 ガブラスは、思わず、息をするのさえ忘れていた。
 緩く波打つ黒漆の髪は、高々と結われたあと、サイドに流されて黒い薔薇の飾りと、真珠で飾られており、夜の闇を映したようなドレスは豊かなドレープを作り出し、裾の方がわずかにミッドナイト・ブルーに彩られていた。大胆なスリットが入っているらしく、形の良い綺麗な足が見え、ガブラスはドキリとした。その細い足首を彩るのは、踵の高い靴でガブラスはその靴に見覚えがあった。胸元を飾る漆黒の薔薇のブーケも、あの時に買い求めたものだ。
 出で立ちも素晴らしいが、何よりも、彼女の妖艶な美しさに、ガブラスは目を奪われてしまった。
 長いまつげが、瞳に翳を作りだし、まるで、雪花石膏のようなすべらかな肌と反対に、濡れて輝く、くれないの唇はまるで、良く熟れた果実のようで――――食べたら、酷く甘美な味がするのだろうと、ガブラスは咄嗟に思って否定した。
 食べてしまったら――――何かを喪いそうな、そんな危険な香りのする、禁断の果実……。
 そして、ヴィエラの女性のように、長く伸ばした爪は、唇と同じ、濡れたように輝くうつくしい紅。そこに、いくつもの宝石が惜しげもなく鏤められていた。
「ジャッジ・ガブラス殿?」
 ささやくような低めの声音に、ジャッジ・ガブラスは、はっとした。魂を奪われたように見入っていたことに気が付いた。
 ガブラスは女性の許にゆっくりと歩んだ。心音が激しい。思わず、部屋の中をチラリと見回してしまったガブラスは、余計な妄想を抱いた。
 ヴェインの個人的な小さな書斎と、彼女が居る応接、それと…………寝台。
 寝台は整えられていて、勿論、何の名残さえ見えはしなかったが、それでも、なんとなく、寝台の存在感が気になってしまう。
「………あまりに、お美しいので、見とれてしまいました」
 普通ならば、このセリフは世辞も兼ねた挨拶なのだ。だが、ジャッジ・ガブラスは、そんな言葉を言えるような気の利いた男ではない。
 彼女は、『お上手ね』とも言わずに、そのガブラスの言葉を受けて、淡く微笑む。
 微笑みが乗ったその美貌に、ガブラスの顔が、カーッと赤くなった。
「や、失礼………ヴェイン殿から、本日の大役を仰せつかった、ジャッジ・ガブラスと申します………もし、よろしければ………、貴女のお名前を……」
 真摯な響きの言葉に、少し、女性は驚いた顔をしたが、ガブラスは頭を下げているために気が付かなかった。
「ヴェ………ヴェーネスと申します、ガブラス様」
 ささやくような声音に、ガブラスはドキドキした。「ヴェーネス様……、ああ、とても、麗しい響きです」
 感極まって呟くガブラスは、そっと跪いて彼女の手を取った。
「ガブラス様……?」
「今宵の宴席では、この私、ガブラスが、全力であなたをお守りいたします」
 姫君に忠誠を誓う騎士のような所作に、くすり、とヴェーネスは微笑した。
「ただのパーティですのよ?」
 ガブラスはそっと立ち上がり、彼女が立つのを促した。かなりの長身で、ガブラスは少し驚いた。
(あれだけ高い踵の靴をお履きになっていれば、それも仕方があるまい)
 自分の方が少しくらいは高いよな、とガブラスは思いこませて、彼女を導いた。女性のエスコートなど、ガブラスは生まれて初めてだった。
(女性というのは、ゆっくりと歩くものなのだな)
 ゆっくりと、長い裾を引いて歩くヴェーネスの姿を見ながら、不意に、ガブラスの脳裏を一人の女性ジャッジが過ぎっていった。
(あの人は、肩で風切って、ぶつかってきたモノは2秒で斬り殺すだろうな……)
 上流の女性らしい、優雅な所作。そのヴェーネスが、不意に立ち止まった。
「ヴェーネス殿?」
「………ガブラス様、お待ちになって」
 と、彼女はガブラスに密着してきた。ガブラスの心拍数が、制御不可能なほどに跳ね上がる。麗しい薔薇の香り。ヴェーネスの顔が、触れそうなほど近くにある。
「ヴェ、ヴェ、ヴェーネス殿っ!?」
「エスコート………してくださるのでしょう?」
 そうだ、とガブラスは思った。エスコートなのだから、密着するのは、しても、当たり前だ。
 けれど、あまりにも魅惑的な人に触れていると、なにやら、訳がわからなくなってしまう。
「ヴェイン殿でなくて、申し訳ない………あの方なら、あなたを完璧にエスコートなさったはずですから」
 ガブラスの弱気なセリフに、ヴェーネスは、ふふ、と笑った。
「わたくし、ヴェインにエスコートされたく在りませんわ」
(呼び捨て……やはり、近い関係なのだな)とガブラスは、細かにチェックを入れる。
「なぜです?」
「―――ジャッジ・ガブラスは、とても、優秀で、素敵な方だと、ヴェインから聞きましたの……。お会いできて、光栄ですわ」
 ガブラスは、咄嗟に彼女を見た。
 彼女は微笑んでいた。
 ヴェインが一体どんな評価を影でして居たかなど、頭の中から、まるっと吹っ飛んだ。
 彼女が、微笑んでいる! それだけで。
「私も……あなたのような素敵な女性にお会いできて……」
 光栄です、と言おうとしたところで、ヴェーネスの指が、ガブラスの唇に触れた。
 ガブラスの心臓は、破裂寸前だった。完全に、真っ赤になって、ヴェーネスを見つめるだけになってしまった。
「パーティに、参りましょう?」
 ささやくような、まろく響く、低い声音。耳許で聞こえ、彼女の吐息を伴って聞こえる。
 ガブラスは半ば操り人形に出もなったように、ぽーーーっとしながら、彼女と共にパーティ会場に向かっていた。
 少し、彼女が自分の頭をガブラスに預けるように………甘えたような所作でガブラスに手を引かれていた。
 ガブラスは、彼女が、一体何者で、ヴェインとどんな関係で………など、どうでも良くなってしまった。ガブラスが考えていたのはただ一つ。
 どうやって、この女性を………自室にお招きするか、だけだった。
 二人きりで、少し時間を取って頂き………おつきあいして欲しい旨を、申し出なければ、とガブラスは思った。
 


Angel baby Cupid!〜なぞめく美女〜・end





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というわけで、第二話です。
ジャッジ・ガブラスは、普通にしてれば男前だと思うのに……。兄離れ出来てれば、こんな結末にはならずに、帝国上層部でバリバリ出来たんじゃないかと思います。
私の中で、ジャッジ・ガブラスは『ヘタレ』です。
ちなみに、ジャッジ・ガブラス×ヴェインなども好物ですが、ジャッジ・ガブラス×ラーサーなどもOKです。(笑)
個人的に、ジャッジ・ガブラス×ドレイス様も気に入ってます。
ジャッジ・ドレイスの気苦労ってスゴイと思う(笑)

2009.03.28 shino