Angel baby Cupid!〜そもそもの発端〜 ヴェインの急な命令により、全ジャッジ・マスターが召還された。さすがに、ただごとではない、と一同に緊張が走る。 ヴェイン・ソリドール閣下の方は、苦虫をかみつぶしたような顔で、執務机に肘をつき、顔の前で手を組んでいた。 「卿らに集まって貰ったのは、他でもない」 おもむろに切り出すヴェインに、ジャッジ・マスターたちは固唾を呑んでその言葉を待った。 「――――この困難極める状況を、みんなで一致団結して乗り越えていくために、懇親会を催したいと思う」 ヴェインの言葉の内容に、ジャッジ・マスターたちは、何のことか、咄嗟には理解できなかった。沈黙を余所に、ヴェインは続ける。 「余興的な意味も兼ねての仮装パーティとのことだ――――まぁ、卿らは、平素が鎧姿であるから、盛装でもすれば立派な仮装だ。最低ラインが盛装、それ以外は、個々の判断に任せる」 随分酷い言いようだが、ヴェインはさらに続けた。 「したがって、私も仮装をしなければならない。卿らの遊びものになるのはごめん被りたいところだが致し方ない……卿らに何かアイディアが在れば受け付ける。リクエストが在れば、後ほど申し出て欲しい。では、以上だ。………パーティは、来週になる」 淡々と告げるヴェインに、 「待たれよ、ヴェイン殿!」 と激しい声がした。ジャッジ・ドレイスのものだ。 「なんだ、ジャッジ・ドレイス」 「なにゆえ、このような催しをなさるおつもりか? お見受けしたところ、ヴェイン殿も乗り気ではないご様子だが」 ドレイスのことばに、ヴェインはあからさまにため息を吐いた。 「ラーサーが」 小さく、ぽつり、と呟かれた一言で、みんなが一様に納得した。――――――じゃあ、仕方ない。 「ま、まぁ……ラーサー様のお考えとあれば、このジャッジ・ドレイスも、パーティの為に、気合いを入れて準備をいたそう」 「あー、そーしてくれたまえ、ジャッジ・ドレイス」 あからさまにどーでもいい、という風情の生返事を返すヴェインに、イラッときたものの、ジャッジ・ドレイスは、『ピン』と来るものがあった。 「ハッ」 短く応える彼女の鎧から、不吉などす黒い陽炎が揺らめいて見えた、とはその時の様子を語る、ジャッジ・ガブラスの言葉であった。 翌日の夜、ジャッジ・ドレイスはヴェイン・ソリドール閣下の許を訪れていた。 「………で、これは?」 執務机に差し出された大きな箱を見て、ヴェインは眉をひそめる滅多に見られない表情に、日頃うっぷんがたまっているジャッジ・ドレイスは、すこし溜飲が下がる思いだった。 「ヴェイン殿は、昨日、仮装をしたいと仰有られたので、………私からのプレゼントです。余興の定番ですよ」 ふふ、とジャッジ・ドレイスは笑う。 ヴェインは、箱の中に入った………豪奢なドレスを見て、ため息を吐いた。 「コレを着ろと」 「無論。―――ヴェイン殿ならお似合いですよ」 悪意たっぷりに微笑むドレイスに、ふぅ、とヴェインは吐息してから「では、これを頂こう」と受け取った。 「意外に、アッサリお決めになりましたね」 「――――コレが一番マシだ。私は、自分の人望を良く思い知ったよ」 チクチクと嫌味を言うヴェインに、ジャッジ・ドレイスは微苦笑しながら、ソソクサと退室してしまった。 さて、ジャッジたちが再び招集され、ヴェインは相変わらずの苦虫をかみつぶしたような表情で一同に告げた。 「先日は、リクエストを頂き大変参考になった。………特に、ジャッジ・ギースは、『どじょうすくい』という、流石、上流階級らしい、洗練された余興で、私も恐れ入ったが、衣装まで提供してくれたジャッジ・ドレイスの案を採用することにした。首尾は、当日楽しみにしていてくれたまえ。卿らも、奮って、趣向を凝らしてくれ。………ああ、そうだ。ジャッジ・ガブラスは残ってくれ」 ヴェインの言葉でジャッジたちは散り散りになったが、指示通り、ジャッジ・ガブラスだけが所在なく立ちつくすこととなった。 「ヴェイン殿?」 「ああ、すまない――――卿には、一つ頼みがある」 なにか、不吉な予感を抱いたが、ジャッジ・ガブラスは「なんなりと」と受けた。 「そう、堅くならないでくれたまえ。………件のパーティの件だが、卿に、エスコートを頼みたい女性が居るのだ」 意外な内容にジャッジ・ガブラスは「は?」と素っ頓狂な声を上げた。 「私は余興の格好をするため、エスコート役には不相応。………ギースやザルガバースでは……少々不安が残る。ギースは、立ち居振る舞いには問題がないのだ。………しかし、一部の女性ジャッジから、セクハラの報告があってな……そんな男に、女性をエスコートなど頼みたくもない。その点、卿ならば、品行方正。問題ない」 「しかし、私のような無骨者に、エスコートなど……」 「手を引いて、会場にお連れすればいい。………彼女は、正しいマナーを極めた貴婦人ゆえ、マナーを外れるようなことはなさらない。大丈夫だと思う。それに―――私の、大切な友人なのだ。頼む、ジャッジ・ガブラス」 ヴェインの友人という単語に、ガブラスは反応した。 彼女から、何か聞き出すことが出来れば、即座に皇帝陛下にご報告できる。 「わかりました、粗忽者ではありますが、大役勤めさせて頂きます」 「そうかそうか………では、街に参ろう」 「はい?」 「――――ジャッジ・ガブラス。卿の、盛装を見立てる。それと………私も彼女に、装飾品や靴や香水などをプレゼントしたいと思ってね」 ふふ、とヴェインは笑った。ガブラスは、自分の見立て云々よりも、別次元の事が気になった。 (この方が、女性へのプレゼントを!!!!?) 「わ、解りました、ヴェイン殿」 これは、思わぬ収穫かもしれない、とガブラスは快哉を叫ぶ勢いだった。 ヴェインの見立てたのは、白い盛装だった。少し気障な気もしたが、「卿も相応の格好をしていれば、華やかな人生が送れそうではないか」とつまらなさそうにヴェインが言ったのを、最大の褒め言葉と解釈した。 瞬く間にガブラスの見立てを終え、ついでに、『彼女』への贈り物を入念に選んでいた。 まるで、漆黒の薔薇のブーケのような飾りや、やはり薔薇の髪飾り、それに、漆黒の靴に、化粧道具、香水、宝石やネイルまで……至れり尽くせりという風情で、仕度が整えられていく。 「………凄い量ですね」 ガブラスが思わず呟くと、ふふ、とヴェインは笑った。 「思わず、こうしてつぎ込みたくなる女性もいる………卿には居ないのか? たとえば………近くに、とか」 「あの、女っ気のない場所で、一体、どんな相手を探せというのです」 ムッとしたガブラスに、ヴェインは小さく呟く。「まぁ、お前が鈍いだけだ」ガブラスには聞こえなかったので、ヴェインは無視をすることにした。 大量の買い物など久しぶりにしたので、ヴェインの方も気分はいくらか浮き足立っていた。常日頃、質素な生活を心がけているし、俸禄などはすべて蓄財運用している。それによって、多額の資金を拠出し、ドラクロア研究所に資金援助するなどという真似が出来る。 弟になにか土産を買い与えることもあるが、それも、ぐっと我慢をして節度のある買い物をしているので、このように、限度を考えずに買い物をするのはある種の快感だった。 「しかし……ヴェイン殿は、目の前にその女性がいるわけでもないのに、よくそんなに躊躇わずに買い物が出来ますね」 「想像力の問題だ。――――たとえば、コレを身につけたところを想像する。または、贈られた方が喜ぶ顔を想像する……それだけで、買い物の質は随分向上するが………君は、買い物一つできんのか?」 「勉強になります」 「つまらんおとこだ」 吐き捨てられてガブラスは少しだけムッとした。ムッとはしたが、確かに、目の前の男……ヴェイン・ソリドールに敵う部分など何一つ無いことに気が付いて、ため息を吐くほか無かった。 「なんだね?」 「いえ、………女性の仕度は金がかかるモノだと、嫌気がさしただけです」 ははは、とヴェインは笑った。珍しいヴェインにガブラスは混乱した。 「金は、使いどころを間違わないことが寛容だ」 含蓄深い言葉に、ガブラスは「はぁ」と生返事をした。 準備は万端だ。 パーティの夜は、近づいてくる。 Angel baby Cupid!〜そもそもの発端〜・end えーと、しばらく続きます。 ヴェイン兄様が受難ですが、それ以上にジャッジ・ガブラスが受難かもしれません。 帝国オールスターズでお贈りします。 たまには、兄上にもちょっと幸せな目にあって欲しくて始めたのに、途中があまりにも兄上イジメだな というわけで、全11話。気長におつきあい下さい。 2009.03.25 shino |