あると思います そっと、ベッドに横たえられた。 自分の寝台ではないそこは、兄の香りがして、ラーサーは酷く気恥ずかしくなった。とくとくと、心臓が、小動物にでもなったように鼓動を早める。 「兄上……」 顔のすぐ真横に、ヴェインの手が在る。逃がさないと言うように。第一、ラーサーの身体にヴェインは覆い被さっているわけだから、ラーサーが逃げられるはずもない。 それでも、確信めいた行動に、ラーサーの胸は否応なしに高まってしまう。 恥ずかしくて――――目を伏せて、ヴェインから顔を背けて、もう、期待に、呼気が……、甘く尖っている。 (兄上………兄上………もう、早く……) 悠然と構えるヴェインに、ラーサーは焦れた。 早く、抱きしめて、その唇でキスをして、大きな手で全身を……愛撫して欲しいのに。期待ばかりが膨らむラーサーは、ちろり、と兄を見た。 前髪のおかげで表情が見えない。 手を伸ばし掛けたとき、ヴェインがゆっくりとラーサーの顔に近づいてきた。長い髪が、頬に掛かる。そのくすぐったい感触に、ラーサーは軽く身をよじった。 兄上…………。 キスを待つように、すこし、顎を上げて…………。 ラーサーは、目覚めたときに、イラっと来た。 ここ最近、毎日、こうだ。 朝日が昇る頃に、ぱちっと、うっかり目が覚める。そう。折角今から良いところだったのに! 「………夢の中でくらい、いいじゃないですかっ!」 しかし、その夢を見ているのは自分だ。妄想の中でなら、ラーサーは、あの兄に、あんなことやこんなことをして貰うのだが……。 ラーサーに取って、兄はひとつの『理想』を具現化した方であった。その兄と、どうこうなってみたいというのは、行き過ぎてはいるがラーサーの中では至極自然な流れで兄への欲望を抱いた。 「大体、兄上は兄上で、僕の気持ちにも気づかないで……」 噂に聞く兄は、実の兄二人を手に掛けるという、残虐な男で、まっとうな倫理観の欠片も持ち得ていないと。ラーサーを偏愛するのを知る一部の人間からは、ラーサーに対して邪な欲望を抱いているとまで言われている。 実のところ、兄・ヴェインは、倫理観や貞操概念はやや古くさく、ラーサーに対しては、純粋な気持ちだけだというのを、ラーサーは知っている。 だからこそ、露骨に誘っても、全く気が付かない、鈍感なヴェインに、酷く焦れて、イライラを募らせる事となる。 ヴェインは、まさか、弟に手を出すなどと言うようなおぞましいことなど考えも付かないらしく、弟の過度なスキンシップも『甘えん坊だ』と微笑する程度で終わっている。 「……一体、どこの誰が、スキンシップで、兄上の浴室に忍び込んだりしますか……」 思い出して、ラーサーはイラっときた。 浴室に忍び込んで、裸のヴェインに抱きついてみた。――――が、兄は、まるで気が付かない。 身体の隅々まで丁寧に洗って――それこそ、余計な知識で、中の方まで準備を万端に整えて――待っていたラーサーは、鈍感すぎる兄が憎くなった。 それでも、弟特権で兄に抱きついたままで、兄の裸を堪能することだけはした。 いつもは、ガードの堅い執務服を着ているが、その下には武人らしく引き締まった身体が隠されている。程良く筋肉が付いた身体は、男らしくてラーサーは自分の幼いからだがいっそ恥ずかしくなるほどだった。 兄の完璧主義は、その服装にも現れている。 帝国の上流階級の男性に相応しく、白い襟の立ったシャツを召している。このシャツ姿は、ラーサーでさえ、余り見たことはない。このシャツとスラックスだけのくつろいだ姿も、ラーサーは気に入っていたが………あの暑いラバナスタでさえ、兄はスタイルを崩さなかった。 兄は何故か、ラバナスタの執政官になりたがった。それを、元老院たちはあまり良くは思わなかったようだが、ラーサーは兄の希望と己の欲望のために、元老院たちに根回しをした。 『兄が、アルケイディアの中央から離れていた方が都合がよいのでは?』と。 元老院たちも、それに、乗せられた。 ラーサーは、期待していたのだ。兄が、ラバナスタ風の露出度の高い衣装を身に纏ってくれることを。その為に、うきうきいそいそとラバナスタ執政官就任式にまで行ったのだ。 もちろん、兄・ヴェインはラーサーの根回しも、ラーサーの欲望も知らないはずだが、おかげでラーサーはイライラを募らせていた。 その上、ラバナスタにやってしまったために、うっかり兄不足になり、毎日、妄想が激化の一途を辿っていた。 「よし、今日は、ラバナスタに行きましょう。うんっ!」 兄の姿を見て、兄に露出度の高い服を勧め、兄と、一線を越える! 不穏な野望を胸に抱き、ラーサーはラバナスタへの準備を整えはじめた。 ラバナスタの執政官執務室で、相変わらず難しい顔をして執務をしていた兄・ヴェインはラーサーの顔を見るなり相好を崩した。 「ラーサー、どうした? 久しぶりだな。変わりはないか?」 手放しで歓迎してくれる兄に、ラーサーは日頃のイライラとうっぷんが少しだけ晴れた。 「私は変わり在りません。兄上こそ、お元気ですか?」 「私は元気だ―――。帝国とは異なるが、ここはとても良い街で、私はここがとても気に入っている」 微笑みに、ラーサーの小さな胸は思わず、きゅんとなった。日頃、妄想している兄も、ここまで晴れやかな笑顔をラーサーに向けてくれることはなかった。 「兄上は、随分、ラバナスタがお好きなようで、ラーサーは安心しました。………兄上。僕に、ひとつ、提案があります」 「提案?」 「はい。………是非、兄上と一緒に、ラバナスタの街の方々の声を聞いていきたいと思います。この間、僕は、ビュエルバである女性と知り合いました。その方は、ラバナスタの方で、先の戦いの時に、ご両親を亡くしたそうです。ですから、彼女は、帝国が怖いと、そう仰有っていました。確かに、彼女にしてみたら、帝国は怖い………のかもしれませんが、僕は、それでも、彼女やラバナスタの方に、帝国や……執政官である兄上を好きになって頂きたいんです。その為には、我々が、この街の人々のことを知る必要があると思いました。なによりも、この街をお考えの兄上にはラーサーの考えなど、要らぬお節介かもしれませんが、ラーサーは、少しでも兄上のお役に立ちたいと思いますし………」 滔々とまくし立てたラーサーに、ヴェインは深く頷いた。 「お前の言うとおりだ。………我々は、ラバナスタの方の声に耳を傾けなくてはならない。兄は、答えを急ぐ余り、大切なことを見落とすところだった。………ビュエルバで出逢ったという女性のためにも、このラバナスタを世界のどこよりも素晴らしい街にしなければならない。我々には、いや、私には、その義務がある」 「兄上……っ!!」 「時間を作らなくてはならないから、すぐに出るというわけには行かないが………そうだな、午後になったら、一緒に町に出よう」 柔らかく微笑む優しい兄に、ラーサーは「はい」と返事をして、心の中で歓喜の声を上げた。 さすがに、執政官がそのままの姿で歩き回って『街の声を聞く』もないだろうという、ラーサーの策略によってヴェインはラバナスタ風の衣装を身に纏わされた。 ラーサーの方も、露出度が高い服を着ていて、ヴェインが眉をひそめる。 「……日に焼けてしまわないか? お前は肌が弱いから」 心配そうに言う過保護な兄に、ここぞとばかりにラーサーは頼み込んだ。 「では、良いものがあります。………日焼け止めのクリームです。これを………でも、背中の方は、届かないので、兄上に塗って頂いてもよろしいですか?」 「そうだな。………私も借りよう」 「では、兄上にはラーサーが塗って差し上げますっ!」 うきうきそわそわとラーサーは日焼け止めクリームを兄の腕や背中……それに、腹に塗り込めていく。逞しい身体に、ぽーっと見とれながら、うっとりとクリームを塗りながら、つい、ラーサーは行けない妄想が頭を過ぎる。 この兄の腕に抱かれたい……この胸に、閉じこめられたら、気が変になっちゃいそう……。 ぼーっとしているラーサーを訝りもせずに、ヴェインはクリームを塗ってやる。待ちこがれた兄の手の感触。それはクリームの滑りを借りて、ここのところ妄想猛々しかったラーサーは兄の手の感触で頭の中が真っ白になりかけた。 (兄上……こんなに、気持ちいいなんて……) うっとりと目を閉じるラーサーの心境など、ヴェインはまるで知らない。 ますます、ラーサーはヴェインへの欲望を募らせて、心の中で固く誓った。 (今晩こそ………) この鈍感極まりない兄に、手を出させてみせる! ラーサーは、そんな欲望などどこ吹く風といった風情で、にこ、と微笑んだ。「では参りましょう、兄上」 「ああ」 ラーサーは、兄のセリフの端が、少し楽しそうに弾んでいるのを聞き逃さなかった。 兄は、人一倍マジメで堅い人間だ。その兄が、『お忍び』で『変装』して町に出るというのは、随分珍しく、うきうきするものなのだろう。 ちょっとだけ浮かれている兄を見て、ラーサーは確信した。 (今夜はいけそうな気がする) あると思います・end うちのラーサー様は『襲い受』です。ヴェインは、攻めのようで攻めでないと思います。 そのうち、うちのヴェインはラーサー様に下克上されそうで怖いです。 2009.03.12 shino |