恋心 弟がふぅ、と切なげなため息を漏らしているのを見て、ヴェインは「どうかしたのか?」と声を掛けた。 二人で過ごすお茶の時間。弟が自分以外の何かに関心を移すことなど、今まであり得ないことだった。 「えっ? あ、いえ………何でもないんです………」 慌てて取り繕って、また、ため息。これは、なにかあった、とヴェインは思った。 そもそも、最近、弟は単独行動が目立つ。つい先ほども、ジャッジに命じて強制連行させたばかりだ。とりあえず、自由に外を出歩かないように、と『軟禁』という形は取ったが、直にヴェインが側で見守っているだけだから、ラーサーにとっては、別に対した罰でもない。 が、ラーサーのため息。 茶にも口を付けずに、ため息。お菓子にも手を伸ばさない。 「………パンネロさん………」 小さく呟かれた言葉を、ヴェインは聞き逃さなかった。 「パンネロ………? だれだ、それは?」 訝しげに聞いたヴェインの言葉を聞くや、ラーサーは、バッと顔を上げた。その顔が、見る間に赤く染まっていく。 まさか、とヴェインは思った。 「………あの……、パンネロさんは、アーシェ殿下と行動を共にしている方で……ラバナスタの方です………その、とても、良い方で………」 しどろもどろに説明するラーサーに、ヴェインは、ピンときた。 ラバナスタ。執政官就任式に来ていたラーサーは、どこかで、その『パンネロ』という人物に出逢い………、また、会いたくなって、皇帝宮を抜け出した。 何故会いたくなったか。なぜ、ため息を重ねるのか。 「………好きなのか」 ストレートに聞いたヴェインの言葉に、ラーサーはさらに、顔を赤くした。純真な瞳が、うる、と潤った。 「わ、解ってるんです………僕が、あの人に、嫌われてるって言うのも………でも、駄目なんです、好きなんです………少しは、近づけた………というのは、きっと、僕の、勝手な思いこみなんでしょうけど」 年齢不相応に落ち着いているはずの弟の動揺に、ヴェインも、動揺した。 自慢ではないが、今まで、こんな風に人を好きになった経験のない兄には、適切なアドバイスが思いつかない。 「嫌われているのか?」 「多分………以前に、兄上のことを『あの人怖い』って言っていたので………帝国の人間がすべて怖いんだと思います」 さらり、と言われた思わぬ人物評価に、ヴェインは黙った。『あの人怖い』………それは、ヴェインにもなかなかの大きなインパクトを与えた。 「でも、すこし……すこしだけ………、近づけたかもしれない………きっと………」 不安と期待が入り乱れる表情は、初々しいが、ヴェインはそれを、とても遠くに感じた。 今までは、腕の中で雛鳥のように慈しんできた。けれど、雛鳥もいつかは飛びだつ。そして、それは今なのだ。 「近づけたのならば良かったではないか」 「………兄上のおかげです」 はにかんだように、ラーサーは微笑んで言う。「彼女は、踊り子になる夢があるといいました、その彼女が、僕の戦い方を、華麗で踊って居るみたいだと………兄上が、随分、稽古を付けてくださったおかげです」 「まぁ、たしかに………」 ラーサーに優美な戦い方を仕込んだのは、完全にヴェインの趣味の世界だ。それを、華麗で踊って居るみたいだと表した『パンネロさん』は、なかなか、良い趣味をしているかもしれない、とヴェインは思う。 「………でも………帝国の人間が、戦っている姿なんて………本当は、胸が悪くなるでしょうね………二年前の戦いで、彼女は、ご両親を喪ったと言います。それは、僕たち、帝国の人間の責任ですから」 むしろ、目の前の兄の責任だ、とヴェインは事の真相を語って聞かせてやりたくなったが、とりあえず、弟に憎まれるのだけは勘弁だと、無理矢理喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。 「しかも、僕より年上です………、きっと、近所の子供達と同じ扱いなんです。………その上、ヴァンさんっていうカレシもいるし………はぁ」 それは不毛だ、とヴェインは思った。思ったが、言わないでやった。 「ヴァンさん、ちゃんと、パンネロさんのことを捕まえて居てくれれば、僕だって、こんなにうじうじ悩んだりしないのに………なんだか、切ないなぁ……」 恋に悩んだことのないヴェインは、切ないという感覚が解らなかった。 けれど、このまま、恋煩いさせるのも良くないだろう、とも思った。不毛な恋など、諦めてしまった方がいい。 「……恋人が居る方を好きになっても仕方がないだろう?」 「けど! 好きなんです………自分ではどうにも出来なくて………僕だって諦めたいです………でも、諦め方も知らなくて………せめて、嫌われたくなくて、告白なんか、とても出来なくて………」 ラーサーは唇をきゅっ、と噛み締めた。必死で訴えてくる弟に、何の助言も出来ない自分の27年の人生を振り返り、ヴェインは(本当にコレで良かったのか)と疑問を今更持った。 することだけはそれ相応にしてきたが(引く手は数多だ)、こんな風に、本気の恋などしたことはない。 時折時間つぶしに読む本では、男女の恋愛は頻繁に題材に上がってきていたが、そんなのは、本の中の作り話と決めつけて掛かっていた。 「どんな方なのだ? 兄にも教えてくれ」 ヴェインのセリフが意外だったのか、ラーサーは若干躊躇いながら、応えた。 「明るくて笑顔が魅力的な方です。ハニーブラウン……というのでしょうか、甘い目の色がとても好きで……優しくて、側にいると、気持ちが、ほっこりするというか………安らぎます。ラーサー様……って、呼んでくれる声も、優しくて、聞いているだけで、幸せです。それと………僕は、あの方を護ると、誓いました。あの方が困難に遭ったならば、僕は、全てを賭けてでも、あの方を……パンネロさんを護ります」 思い浮かべながらいうラーサーの表情は、とても、幸せそうだった。今までの、頑なな一途さではなく、護るべきものを見つけた男の表情になっていた。 ヴェインは、弟を遠くに感じた。けれど、護るものを見つけたというのは、喜ばしいことだとも思った。それが解らなければ、国など守れない。 「良い方なのだろうな」 「はい。僕にでも、優しくしてくれる、とても………とても、いい人です」 兄の評価が嬉しかったらしく、ラーサーはにこり、と笑って「じつは写真があります……」と一枚の紙を取り出した。 少女の写真だった。これが、『パンネロさん』か、とヴェインは思った。芯の強そうな少女だ、とヴェインは思う。悪そうな人間ではない。すくなくとも、ラーサーに取り入り、何かをしようというような輩には思えなかったから、ヴェインはそれだけは安堵した。 「パンネロさんか。………お幾つだ?」 「……僕より、4つ年上の……16歳です………」 しゅん、とラーサーは項垂れた。可愛い。ヴェインは弟の落ち込みを可愛く思いながら、うーむ、と思った。いくらなんでも、16歳の少女なら、12歳のラーサーは恋愛対象外だろうなぁと。 ラーサーのこの項垂れ方を見ていると、おそらくはそんな感じなのだろう。可愛い弟分、のような扱いなのかもしれない。 しかし、とヴェインは妙なことに気が付いた。写真ならば、普通、カメラ目線でにっこり笑ってくれるものが普通だ。しかし、この写真は、彼女の横顔。 「兄上、どうしたんですか?」 「いや………この写真がな……」 言葉を濁すヴェインに、「まだありますよ」とラーサーは、どどんと写真を取り出した。 写真の山を見て、(なんだこれは)とヴェインは冷や汗が伝った。とかも、どれもこれも、カメラ目線の写真が殆どない。嫌な予感がした。 「ラーサー。この写真は、どうやって入手したのだ?」 「え? ………ジャッジ・ベルガにお手伝いして貰いました。それと、ジャッジ・ギースにも」 にこっと笑う弟に、ヴェインはひやっとした。 「ラーサー。それは、一般には、盗撮というものだ。彼女の許可は得ていないのだろう?」 「あ、そういえば………許可は頂いておりませんでした……」 ヴェインはこの弟のセリフに、内心ため息を吐きながら、ゆっくりと諭した。 「たとえば、このパンネロさんが、お前に好意を持ったとしても、お前が、このように………彼女の写真を無断で撮っていたりしたのを知れば、悲しむし、憤るだろう。すぐに、処分をしなさい」 ラーサーは、ちょっとだけ名残惜しそうに山と積まれた彼女の写真を見た。 「僕は、こんな風に写真を持っていてくれたら、嬉しいと思ったんですけど………」 「そんな風には普通は思わない」 切り捨てたヴェインだったが、次のセリフに愕然とした。 「だって、兄上がお部屋いっぱいに僕の写真を飾ってくれていたの………ラーサーは、嬉しかったです………」 ヴェインは、必死で心の中で(落ち着け)を繰り返していた。秘密のお部屋は、誰にも入らせた事はないはずだった。なのに、なぜ、一番知られたくなかった弟がそれを知っているのだ! 「兄上は、ラバナスタに行かれたときも、トランク2つ分、ラーサーの写真を持っていってくださったし」 (だから、なぜ、それを知って居るんだ!) 思わぬ動揺に、次の句が継げずにいたヴェインを、ラーサーは見上げた。ナナメ45度上目遣い。弟の必殺技であることは、ヴェインも承知している。 「これ、やっぱり、全部、捨てなきゃ駄目ですか」 駄目だといったら、ラーサーの写真も全て焼却処分と言うことになる。それは、勘弁願いたいな、とヴェインは思った。 12年掛けて撮ってきたラーサーの写真、全265万枚。 一枚一枚、保存用/閲覧用/持ち運び用に複製したい気分であっても、消却は………。 こほん、とヴェインは咳払いをした。 「では、今後は慎みなさい。………まぁ、あいつらなら、死人に口なしか。まぁ、良い。――――この事実は、絶対に彼女には秘密にすること。これは兄からの忠告だ。この国の住民だったら、間違いなく裁判を起こされて、失脚する」 「………つ、慎みますっ………」 「それに、私の一番の宝物の写真は、お前と一緒に写っている写真だ。もちろん、可愛いお前の写真を見ているのは、兄の心の安らぎの一環だが、二人で撮った写真の方が良かろう? 今度、パンネロさんを連れてきなさい。私が、二人で居るところを撮ってやる」 ラーサーの頬が、ほのかな薔薇色に染まった。 「あ、兄上………、よろしいんですか?」 「ああ、かまわんよ。アーシェ殿下や、将軍も一緒でもかまわん。おいでになるなら、歓迎する。………なにより、お前の友人なのだから、兄が手荒な真似をするはずがないし、アーシェ殿下に至っては、覇王の血を継ぐたった一人のお方だ、私は、敬意を持って殿下にお話ししたいし、将軍も………弟と、お話がしたかろう………まぁ、もっとも、ジャッジ・ガブラスが話など出来るほど冷静でいられるかは別だがな」 それに、そう言う自体ならば、それはそれで利用は出来るのだ。 それに、ラーサーの言う『パンネロさん』は是非会って、人柄を確かめなければ。何より厳しい『兄チェック』を経なければ、ラーサーの意志云々以前に、ヴェインが彼女を遠ざける。 踊り子希望だというなら、こう見えてもラバナスタ執政官なのだ。あの街で踊り子として迎え入れることも、ヴェインにはたやすい。 一番手っ取り早い引き離し方は、彼女の希望に添った仕事を与えることだ。 「兄上……、いつか、必ず、パンネロさんに会ってくださいね。兄上も、きっと気に入ると思います」 「……まぁ、私は『怖い人』のようだがな」 「兄上の良さは、ラーサーが一番良く知っています。きっと、みんなも、兄上の良さが解るはずです」 ぎゅっ、と抱きついてきたラーサーに、ヴェインは優しく微笑した。 そんな日が来ないことを、なんとなく、ヴェインは確信していた。 恋心・end おまけ: 写真の中に、妙にくしゃくしゃの写真が混じっていることに気が付いたヴェインは、 「これはなんだ?」 と無邪気な弟に聞いてみた。 見れば、パンネロさんが映っては居たが、その隣が………黒く塗りつぶされた上に、なにやにそこだけをぐしゃぐしゃにされたらしい。 ジャッジたちのミスだろうか、と思ったヴェインだったが、弟殿は、ことさらにっこりと微笑んで。 「ヴァンさんです。パンネロさんのカレシの」 と告げた。 にっこりと微笑んでいたが目は完全に、笑っていない。 ヴェインは、初めて、弟の暗黒部分を目の当たりにし、「そうか」と呟いた。 これ以上、パンネロさんたちと、外に出すのは危険だ、とヴェインは判断した。戦いのどさくさに紛れた、この弟ならば何かをやるかもしれない。 (すくなくとも、私の弟なら、そう言う血は引いているしな………) ぞっとしつつ、ヴェインはすっかり冷えた紅茶を口に運んだ。 ラーサー様(暗黒)。 結構、ラーサー様は、言うことキツいと思うし、自分に正直(笑)だと思います。 えーと、うちの兄上はラーサーを偏愛してますが、偏愛ゆえに、ラーサー様を幸せにしてくれる女性なら歓迎すると思います。 えーと、アルティマニアで『写真のない世界』という一文を目にしましたが、 『飛空挺が空を飛び、ボイスチェンジャーが横行し、周波数帯不明の艦隊に無差別呼びかけが出来る世界に、写真機の一個も無いはずがない』 という科学的な理由(?)で、写真アリにしました。 しかし、今更ながらに、あれだけの飛空挺って、全くアナログそうな世界でどうやって制御してるんですかね。 動力が、石までは解ったし、何とかリング(名前ど忘れ)が必要だってのも解るんですが、電子制御的な部分がどうなっているのか気になります。 紫延は、機械マニアです。(笑)そして、モーグリちゃんマニア(笑)。12のモーグリちゃんがものすごく可愛い 他のナンバリングはともかく、12のモーグリちゃん〜っ!! おうちに一人居て欲しい可愛さ。 お家にいて欲しいというなら、ソリドール家の兄弟も。 フィギュアとかあったら、買いそうで怖いが………10万円以上するガブラスの兜はいらないなぁ。 正直なところ、アレ、売れたかどうかスタッフさんに聞いてみたい………けど、FFマニアなら買うな!! しかし、アレをどこに飾れと? 床の間か……。良いね、ガブラスの兜。 流石に、効果音(SE)録音するのに鎧を買う会社は違うね。たしかに、鎧の音は、妙にリアル。(笑) ガブラスの兜、現品、初台のスクエニショップにあるなら、見てきたい……けど、床に横たわるセフィロス様が怖くて(笑) 個人的に、『スカートは穿いていきたく無いなぁ……(何となく)』というセフィロス様の裸体等身大フィギュア。 是非、ソリドール家の兄弟の等身大フィギュアを作って欲しい。そしたら、ショップに行って、おねーさんに声を掛けて写真を撮らせて貰うよ。 ………無理だろうなぁ……。 2009.03.03 shino |